ジャーナリズム論2(第二回)

カメラのセッティングのために授業開始5分くらい前に教室に行くと、もう学生がずいぶん来ていて、三脚を置くためのスペースが余裕を持って取れなかった。初回よりも学生の人数が増えた感じである。とうとう学生は廊下にあふれ出し、全員を教室に入れるために中の学生に移動をお願いしなければならなかった。
授業風景
印象に残った「旅」について、学生を指名して語らせることが本日の授業のメインであった。学生に一通り語らせたあとで、新井先生がもう一段話を掘り下げるために質問をする。しかし、その質問の仕方は、こういう答えを引き出してやろう、という感じではなく、あくまでそこに興味があるから尋ねているんだ、という印象を与えるものだった。だからこそ、学生も質問によって緊張したりすることなく、素直に語ることができるのだと僕は感じた。
参加学生の「旅」をめぐるエピソードは予想していたよりもずっと多様で興味深いものだった。
小説の数行を抜き出し、その作家が旅した場所を追体験するために、為替レートさえ確認せずに海外まで足を伸ばした学生。
幼いときに、東南アジアに家族旅行し、カルチャー・ショックで体調を崩したときに、地元の呪術士に白魔術をかけてもらった後、体が軽くなって回復したという体験をした学生。
国内を自転車旅行の途中、海を見晴らす断崖絶壁の道路を走行中、転倒し、ガードレール脇の茂みに引っかかったおかげで、海の藻屑にならなかったという危機一髪の体験をした学生。
旅行中、カメラをひっさげて森の中を歩いていた写真学科の学生。彼は、偶然、日本シカに遭遇し、シカがまるで彼に向かって振り返りむいたかのような瞬間があった。それをとらえて彼はシャッターを切ることができた。その瞬間の興奮について語る学生。
そういった形で、海外、国内どちらもバランスよく多様なエピソードが披露された。まったく旅行した経験がない、といった学生はいなかった。誰しもそれなりの語るべきエピソードを持っているようだった。授業風景
僕の場合は、1995年、語学学校の日程がすべて終わってから日本に帰国する前に、ニューオリンズ、ニューヨーク、サンフランシスコなどを旅行した。旅の目的はジャズだった。ジャズの発祥地・ニューオリンズ、発展の地ニューヨーク、西の拠点サンフランシスコと行った具合だ。中でもニューヨークの有名なライヴハウス「Village Vanguard」でジャッキー・マクリーンと短い間だけれど、個人的に話をして最後に握手してもらったのは嬉しかった。
ところで、僕が学部生だった頃より、アジア旅行を経験している学生は圧倒的に多いという印象を持った。4・5年前から、さまざまなメディアがそういった流行を形成したということは言えると思う。確かに、アジア旅行に関する情報は飛躍的にここ数年で増えた。旅に対する学生の価値観も多様化したと思う。昔の学生は、旅といえばパック旅行が主流だった気がする。しかし、今は旧来型の旅行代理店の不振からもわかるように、国内で航空券と宿泊先などをアレンジして後は現地に赴いて自分で考えながら行動すると行ったスタイルが主流だろう。そういった意味では、今は旅のスタイル自体も必然的に多様化しているので、学生に体験を語らせてもさまざまな答えが返ってくるのは当然かもしれない。それだからこそ、こういった「旅」をテーマにした授業に学生が強い興味を抱いてやってくるのもうなずけるのである。(2003.4.24)

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