文芸特殊研究1(第二回)

前回は学生で溢れかえっていた教室だが、今日は選抜試験の合格者のみの出席者なので、学生の数も落ち着いた。ちなみに、選抜された33名、全員が出席した。本日、湯山先生はいらっしゃらず新井先生のみ。自己紹介がてら、それぞれの学生に自分が会って話を聞きたい人物・表現者に関してもを語ってもらう。文芸学科の開講科目であっても、多学科であるデザイン・映画・放送・写真・演劇・音楽などの学生も選抜試験に合格してきているので、彼らが関心を持っている人物は一様ではない。選抜試験の作文で、ある程度自分をプレゼンできたはずの彼らだけあって、それぞれの学生からきちんとした個性を感じた。
 個々の学生から、会って話を聞いてみたい人物を具体的に聞き出すと、新井先生は、どのような角度から話を聞いてみたいかという点を生徒に問い質す。そういった人物に会って話を聞くコネも面識もない時にはどういったアプローチなら、その目標を達成できそうか、という点まで先生は時に学生に尋ねられることもあった。
 また、先生が実際にサム・シェパードにインタビューした時の体験談を学生にもされた。インタビューのためのアプローチ方法のユニークな例として、大統領候補だった人物の家に火をつけ、家の中から命からがら逃げてきた本人にインタビューを決行したという過激なアメリカのジャーナリストのエピソードなども語られた。もちろん、そのジャーナリストは逮捕され、監獄入りしているということだが。
授業風景
 またインタビュー時に、記録用としてテープレコーダーを使用するか、使用しないかということが話題に上ったときは、トルーマン・カポーティーが『冷血』書いたさいの取材方法を例として挙げられた。カポーティーは、テープレコーダーをインタビューのさいには使わなかったという。『冷血』は実際の連続殺人犯の犯人の道筋を追って書かれたものである。インタビュー取材は殺された被害者の家族に対するものが主であった。そこにテープレコーダーを持ち込むと、取材慣れしていない家族を緊張させるし、それによって聞き出せる話の幅がせばまってしまう可能性がある。そういったことを考慮したカポーティーはテープレコーダーなどの録音機材を持ち込まず、あくまで自分の記憶に頼って取材を続けたという。そうやって、あの長編力作『冷血』ができたのである。あのノンフィクション小説の描写のリアルさというところに感じ入っていた僕にとっては、カポーティーの取材方法を聞いて少なからず驚いたのだった。
 また、新井先生の体験からも録音機材を持ちこまない時に、インタビューする相手の話を聞き漏らさず、ポイントをきちんと自分の中に記憶しておこうとするのは独特のいい緊張感をもたらしてくれる時があるそうである。
結論としては、録音機材を持ちこむ場合と持ち込まない場合の両方を学生には試してもらって、自分にあった方法をそれぞれで模索してほしいということであった。 
もう一点、今日の授業で新井先生が強調されていたのはインタビューも一期一会なので、それぞれの機会を大切にしてほしい、ということだった。少なくとも、インタビューに臨む場合、相手が表現者の場合ならば、その人の代表的な作品を読んだり見たりしておく。取材のため必要な資料や作品などに目を通さずに、準備不足のままインタビューに臨んで、表面的な話に終始したならば、インタビューされる側の人間の貴重な時間を奪うことになる。また、同じ人間のインタビューにもう一度応じたいという気持ちにもならないはずである。やはり、そういった意味ではインタビューは一回一回にそれぞれ真剣勝負で臨まなければならない、ということを今日の授業を通して学生も理解したのではないかと思うのだ。(2003.4.24)

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