公的意味空間論ノート(花田達郎著『公共圏という名の社会空間』第二章)

花田達郎はハーバーマスの『公共圏の構造転換』で扱われた<構造転換>の内容に関して、本書で分析・整理を行っている。

公共圏という名の社会空間―公共圏、メディア、市民社会
花田 達朗
木鐸社
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近代において、国家と社会の分離が明確となったことが公共圏の醸成につながった。
国家権力が押しつける目的達成的合理性と、公衆の側が発揮する了解志向的合理性がせめぎあう社会空間、それが公共圏である。
しかしながら、現在の後期資本主義の世界においては、国家と社会が相互浸透化したことによって、公共圏は脱政治化され機能不全に陥っている。


たとえば、政治的議論の活性化をうながすソースであったマスメディアは、広告・操作的パブリシティ・PR的な広報活動の場へと機能転換している。マスメディアの消費主義が高ますにつれて、消費維持の自己目的なコンテンツを提供する姿勢が強まり、政治的な公共性は衰弱の一途をたどっている。
しかしながら、ハーバーマスはマスメディアによって構成される公共圏にアンビバレントな潜在力を認めている。ハーバーマスにとって近代のプロジェクトは未完のものである。つまり、近代的理性、ヒューマニズム、人間の自己救済力はまだ完成されてはいないがゆえに、その空間である公共圏を再構築する必要を彼は感じている。
筆者花田の関心は、マスメディア(特に放送)による公共圏の再構築にある。マスメディア内で公共圏を再建するにあたって、鍵となるのはジャーナリズムだというのが花田の主張。マスメディアがシステムであるのに対して、ジャーナリズムは言説空間のヘゲモニーにコミットする意識活動である。そこを担うジャーナリストに、公共圏を造形するのは自分たちだという自覚を持ってもらわねばなるまい、というのが平凡ではあるもの、のまっとうな花田の結論になっている。

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