内田樹『下流志向』

そこを出発点にして、現代社会の若者に見られる二つの逃走、「学びからの逃走」「労働からの逃走」を大胆かつ説得力を持って分析している。

 かつては、家庭内の一員として家事の一端を担って幼いうちから自らを生活主体もしくは労働主体として位置づけることが一般的だった。しかしながら家庭内労働が消滅したことで、店でお金を払って商品やサービスを受け取る消費者として主体を確立するケースの方が一般的となった。


ここに筆者は大きな価値観の転換を読みとる。筆者は「時間モデル」から「無時間モデル」へという流れで説明している。

時間モデルは時間的価値であり、時間の経過によって変化をともなうようなダイナミックなプロセスである。それは、学びによる成長や精神的成長などの簡単には計測不可能であるものの人間的価値の創出に深くかかわるモデルだ。

無時間モデルは経済的合理性に基づいた等価交換できるもの以外に価値を見いださない。取引をする時点で、その価値が計れる変化を予測しないようなもののみを等価交換の対象とする。

経済的合理性に合致した無時間モデルを支配的なイデオロギーにしている人間は、教育現場においても予測しがたい自分自身の成長や変化に肯定的な価値を見いだすことができない。それが「学びからの逃走」につながる。労働に対して安い給料を受け取ることを不快で不合理だと感じれば「労働から逃走」することを選ぶ。

経済的合理性ばかり追求していくと、経済活動に付随するもろもろの人間的価値が排除の対象となる。ノイズが意味を持つようになり、シグナルになっていくような学びの喜びや、労働を通して社会に貢献したり自己を表現していくことの楽しさといった要素は理解不可能なものになる……

消費主義的なイデオロギーが、精神的な深いレベルに浸透したときに人間がどう変わっていってしまうのか、その怖さの一端を示す鋭い視点を持った内容となっている。

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