ディズニーをめぐる強迫観念

 帰国が迫っているので、お土産などの買い出しにシティー・センターへ。 細々としたものを買った後、奥さんに頼まれていた姪っ子たちのお土産を買うためにディズニー・ストアに入る。 頼まれていたのはディズニー・キャラクターのコスチューム。日本では手に入らないらしい。女の子用のドレス売り場で衣装のデザインやサイズを確認するのはなんとなく恥ずかしいが、慎重に選ぶ。

『美女と野獣』のヒロイン、ベルの衣装のサイズを確認していると、そこへイギリス人のおばあさんがやってきて、 「これすごく綺麗よね」と僕に同意を求めてくる。 「そうですね。日本の姪たちにお土産として買っていこうかな、と思っているところです」と答える。特に、その真っ赤なドレスを綺麗だとも思ってはいなかったのだが。 「彼女たちは何歳なの?」 「二歳と五歳だったと思います。厳密には覚えていないのですが」という感じから世間話が始まった。 「そのドレス、とっても綺麗よね」と、そのおばあさんは別れ際に繰り返してから去っていった。 美女と野獣と眠り姫のコスチュームを購入。そこまでは、深く考えていなかった。しかし、レジでくれた買い物袋を見てちょっと青くなる。ディズニー・キャラクターが袋中に描かれていることに気づいたからだ。これを抱えてフラットまで帰らねばならないのか、と思うと気持ちが沈んだ。 僕はあちこちでディズニーの人種主義やハイパー・コンシューマリズムについてかなり批判的なことを書いたりしゃべったりしている。というわけで、ディズニー・キャラクターだらけの大きな袋を抱えて道を歩くというのにすごく抵抗を感じる。しかし、その大きな袋を隠すようなものは持っていなかったので他の選択肢はなかった。知り合いに会わないように、と願いながらバーミンガム・ニュー・ストリートから電車に乗り、ユニバーシティー・ステーションで電車を降り、フラットまで足早に戻ってきた。幸いにも知り合いには会わなかった(会えば会ったで説明すればいいことなのだけれど)。

 これは自意識過剰のなせるわざである。単なる買い物袋なのだから。そんなにナーバスになる必要はなかったのだ。頭ではわかっている。しかし、ディズニーキャラクターが描かれている袋を抱えることで、自分がディズニーの歩く広告塔になるという状態が許せないというのが一つ。また、自分のセルフ・イメージが他者の中でディズニーに結びつけられるのを強く嫌悪しているのだと思う。というのは、うちの奥さんが、ディズニー・ショップの袋を抱えていても全然気にならないので。また、今日は一人だったのでなんというか逃げ場がないように感じた。ディズニーに対する過剰な強迫観念ともいうべきものを感じた数時間だった。

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コメント

  1. 日本のではこれからトイストーリーのお土産が増えるそうです。
    それよりも、純粋にディズニーを楽しめない子供が増えて来ているそうで、何か殺伐としたものを感じます。
    ディズニーの奥深くに流れているものに関しては大人になってから考えれば良いと思っているのだけど、それは甘い考え方なのかな?

  2. トイ・ストーリの商品もみかけました。男の子用だったのであまり詳しくは見ませんでしたが。
    子供の時の方がメディアから受ける影響は大きいと思うので、大人になってから、とも一概にいえないように思います。いや、子供の周りの大人がある程度、気を遣って選別を行ったりしてあげれば、問題はないとも思います。
    むしろ親が狂信的なディズニーファンだったりすると、それが子供に深く刷り込まれて、宗教じみてくる方がもっと怖いと個人的には思っています。
    ちなみに僕は「どらえもん」を純粋に楽しむことができない子供でした。理由はあまりはっきりしないのですが……。

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