8月6日のその日、大学から夏休みをもらっていた。午後、近所の歯医者から戻った時にリビングの床に一冊の本が落ちているのを見つけた。アパートを出る前には落ちてはいなかったはずだ。今まで本棚から自然に本が床に落ちるなどということはなかった。 怪訝に思いながら、その本を拾おうとしてなんだか背筋が寒くなった。その本がジョン・ハーシーの『ヒロシマ』だったからだ。この本は、ヒロシマに落とされた原爆の被害を現地取材し、翌年の1946年に発行し問題になってアメリカでは一時発禁になった本である。僕は自分の研究文献の一部として海外の古書店からこの本を取り寄せて、ざっと目を通した後、本棚にしまいきりにいていた。
その本が8月6日という原爆記念日に本棚から突然するりと抜け出てきて表紙を上にして床に転がっているのである。非常に意味ありげに思えてしまう。 仕事から戻ってきたつれあいにこのことを話すと「それは、もう一度きちんと読みなさい、ということなのかもね」という意見だった。ちょっとしたポルターガイストとでも言うべき出来事が起こったのだろうか。あれからしばらく時間が経った今も不思議な気分である。
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